先日、マイケル ・ルイス著、中山 宥訳『最悪の予感 パンデミックとの戦い』を読み大変面白かったので、今回取り上げさせていただきます。
マイケル ・ルイスさんの著作は他の作品もいくつか読んだことがあり、特に米大リーグ(MLB)にデータ野球を持ち込んだアスレチックスを描いた『マネー・ボール』が象徴的ですが、現実世界の分析に数理モデルを適用することの威力について、繰り返し私たちに教えてくれています。
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MLBの例
例えば、『マネー・ボール』にあったMLBの例ですと、ベテランのスカウトマンたちはアマチュア選手たちの体格や、打率・打点・ホームラン数といった伝統的な指標をもとに選手たちをスクリーニングするのに対して、アスレチックスが選手たちの出塁率にこだわってスクリーニングを行うことが挙げられていました。
これは、四球や死球も含めてとにかく塁に出ることができる選手を集めるという方針であり、その方針は”野球というゲームに勝つということは、3つアウトを取られる前に一人でも多くの選手を塁に出すことである”旨を、統計データとその分析結果に基づいた数理モデルを用いて導き出したことを背景としています。
パンデミックへの備え
さて前置きが長くなりましたが、『最悪の予感 パンデミックとの戦い』には、COVID-19のパンデミックが起こるはるか以前の2000年代前半に米国で感染症に対する備えとして数理モデルの適用を考えていた人物が描かれています。
サンディア国立研究所の科学者ボブ・グラスという人で、エージェント・ベース・モデルという数理モデルを活用することでランダムに動き回る人間が互いにどのような影響を与えうるかを推測することを考えたそうです。
この数理モデルの活用という発想が後に、例えば”学校を閉鎖し子どもたちの社会的な交流を〇〇%減らすと病気の感染率が〇〇%低下する”といった様に、パンデミック対策の効果を定量的に推定する助けとなった、ということになります。
モデリングとは
さて、『最悪の予感 パンデミックとの戦い』に記載されている、モデリングの本質に関わる記述を2つ引用させていただきます。
このモデルは現実世界を大ざっぱに描いているにすぎないが、詳細すぎる描写では 霞んでしまう現実世界の特徴を把握しやすい。
これこそが科学の核心なんです。(中略)科学はすべてモデリングです。どんな科学も、自然を抽象化しています。問題は、それが有用な抽象化であるかどうかです。
つまりモデリングとは、”現実世界ありのまま”からあまり重要でない要素を捨ててしまい本当に重要な部分だけを抽出して全体像や法則を把握しやすくするという作業であり、一言で言えば抽象化ということになるのでしょう。
しかし、プロ野球の成績を上げることやパンデミック対策に限らず、科学はすべてモデリングであるとまで言い切ってしまっているのは私にとっては斬新であり、学生時代にもう少し真面目に数学を勉強しておけばよかった、と改めて思った次第です。